〈裏返した世界 煌めいた街、摩天楼 / 物語は動き出す〉(「emerald city」)
前作『STORY TELLER』から半年を経て、Sano ibukiは全7曲入りの1st e.p. 『SYMBOL』をリリースする。
2018年の1st mini album『EMBLEM』を起源、『STORY TELLER』を本編と位置付けるなら、今回の『SYMBOL』は、『STORY TELLER』から派生したスピンオフ的な一作である。
前作の1st full album『STORY TELLER』の反響について、Sano ibukiは穏やかな笑みを浮かべながらこう語った。
「うれしい驚きだったのは、自分が想像していたよりも多くのリスナーの方々が、僕が描いた“物語”に自ら「入り込んで」聴いてくれている様子が伝わってきたことでした」
『SYMBOL』の構想が走り始めたのは、前2作のリリースよりも以前の2017年夏頃だったという。
「もっと以前からモチーフやメロディの断片が存在していた曲もあります。プリプロダクションは『STORY TELLER』と平行して進めていました。『STORY TELLER』の完成後も『SYMBOL』分のレコーディングが残っていたので、いつまで経っても制作が終わらないような気分でしたね(笑)」
全7曲中、歌詞が与えられた5曲からは、前作とは微妙に異なるアプローチが感じられる。
躍動感のあるメロディセンスと冴え渡る独自のボキャブラリーは過去2作でも実証されている通りだが、物語を描く視点も、Sano ibuki自身と“物語”の距離感も異なる。メロディに対する言葉の当て方も、前作と比べて余白が感じられ、いずれの曲にもすっと耳に入ってくる心地よさがある。
「『STORY TELLER』で描いた物語から、より細かく描きたいテーマを抽出し、フォーカスしました。「怖いけど楽しい」とか「あたたかいけど寂しい」とか、俯瞰や客観の視点から物語を描くことで、よりリスナーに寄り添えるような主人公像を意識しました」
溢れ出る創作意欲から生まれた『SYMBOL』は、「origin」というインストゥルメンタルで幕が開き、「emerald city」へと続いていく。1曲目と2曲目は二つでひとつの曲と捉えていい。
「「origin」は「emerald city」の物語を予見してもらうために用意したインストゥルメンタル。街の灯りが徐々に広がり、“emerald city”という街が姿を現していく。そんな景色が音で伝わればと試みました」
「emerald city」とは、『STORY TELLER』の舞台となった街の名前であり、曲中の主人公は、『STORY TELLER』の作者だという。
前作リリース時のオフィシャルインタビューでも語っていた通り、Sano ibukiとはあくまでファンタジックな物語を主義に掲げ、様々なアレンジャー/ミュージシャンらと共に構築していく“プロジェクト”だ。「emerald city」とは、そんなSano ibukiの作家性(=STORY TELLER)の象徴とも言える一曲である。
「自分の理想郷に創造主自身がダイブして、溶け込んでいく。命が芽生え、“物語”が動き出す“はじまりの曲”です」
3曲目の「Jewelry」は、「EMBLEM」のリリース直後に、「滅亡と砂時計」と同じタイミングで制作に取り掛かった。心弾むビートに乗せて、再生と旅立ち、かけがえのない存在との別れと、その不在が歌われている。
「この曲の主人公は『STORY TELLER』の世界を目指して旅立ちます。プロットは『STORY TELLER』や「emerald city」の起源。この曲から全てが始まったと言っても過言ではありません」
4曲目の「ファーストトイ」は、Sano ibuki自身の原体験が垣間見える、穏やかで、どこか懐かしいナンバーだ。
「歌詞中の“同い年のクマ”は、僕が初めて両親から与えられた実在のぬいぐるみ。だから少し照れくさいです(笑)。描いたのは『STORY TELLER』の主人公が過ごした幼少時代ですが、生まれたばかりの子どもにとってはこの世界そのものがファーストトイ。そんな想いも込めました」
一転、5曲目「DECOY」は、アグレッシブなサウンドによって、大人になれない〈僕ら〉の自嘲的な情感が歌われていく。
「『STORY TELLER』に登場するとある街を舞台に、「ファーストトイ」の年頃を経て成長した子どもたちを取り巻く呪縛がテーマです」
6曲目はアコースティックギターの弾き語りによる「記念碑」だ。繊細なサウンドからは、ギターとピアノの違いこそあれ、『EMBLEM』収録の「春霞」が思い出される。
「たしかにどちらも弾き語りの一発録りでしたね。「記念碑」のレコーディングは昨年の夏でした。自分にとって大切なかたがこの世を去ってしまうという出来事があって、記録の意味合いもありました。あなたを「ずっと忘れない」と伝えたかった。歌詞の“夢”という言葉の向こうに、多くの思いが存在しています。輪廻があるならば信じたい。多くの物語や思いを、より遠くまで、多くのリスナーに届けられる自分でいたいという誓いの一曲でもあって」
『SYMBOL』の楽曲には、前作と同様、少なからず彼自身の体験や、常に抱いている焦燥であり死生感が反映されている。
「絶望と希望とは、常に拮抗するものなのかもしれない。僕の曲には、ただ闇雲に「生きろ」というメッセージを叫ぶような類いはなくて。それは「まだ若いんだから」とか「もういい歳なんだから」という言葉と同じくらい乱暴に感じられてしまうからです」
このライナーノーツは、新型コロナウイルスの感染が拡大している4月中旬にネットを通じて行ったインタビューを元に執筆したテキストである。いま、多くの人々がそうであるように、Sano ibukiもまた、ウイルス禍の恐怖のなかで自問自答を繰り返していた。
「何の前触れもなく多くの物事や存在が失われていく毎日に恐怖を感じています。「お前は何をするんだ?」「お前はどう生きるんだ?」と試されているような不安も覚えます」
そこまで語ると、一呼吸おいて、と彼はこう話を続けた。
「極論かもしれないけれど、音楽って、辛かったら無理に聴かなくてもいいと思う。僕も、本当に辛いときは、人の声が重荷に感じられてしまい、何も聴かなかったり、インストゥルメンタルだけを聴くことがあります――それでも、もし僕の音楽が誰かのそばにあって、ふと、思い出す瞬間に聴いてもらえたら、今はそれで十分です。自分の無力を痛感する瞬間もあるけれど、僕の曲が、どこかで誰かの助けになる場面があるとしたらとてもうれしいです」
ラストを飾るインストゥルメンタル「Sága」は、『STORY TELLER』の1曲目「WORLD PARADE」のメロディがベースとなっている。「emerald city」の黎明期と行く末を描いた『SYMBOL』のバトンは、「emerald city」の本編である『STORY TELLER』へと繋がれていく。
「『SYMBOL』から続けて『STORY TELLER』を聴いてもらえたら、多くの物語をより深く楽しんでもらえると思います」
『EMBLEM』、『STORY TELLER』、そしてこの『SYMBOL』で、初期のSano ibuki三部作と言える3枚が出揃った。では、今後、Sano ibukiは何処へ向かうのだろうか?
「ここまでの物語は、一旦、僕のなかで完結を迎えました。でも、これまでに描いたプロットはまだ山ほど残っているし、新しいプロットや自由度を高めたテーマもすでに準備しています。まだSano ibukiが見せていないSano ibukiもあるし、きっとSano ibukiが出会っていないSano ibukiも存在するのだと思います」
未だ見ぬ日々と新たな可能性に向かって、Sano ibukiの“物語”は更に加速していく。
(内田正樹)